第3回:「柝(き)」
第3回:「柝(き)」
歌舞伎は「柝で始まって柝で終わるもの」と、ご存知でいらしたでしょうか?
柝(き)もしくは拍子柝(ひょうしぎ)は、お相撲でもお馴染みの、一対の木製の道具です。江戸の昔以来、お芝居の合図は柝が行って来ました。現在、客席やロビーでの「開演5分前の知らせ」は電子音にとって代わられましたが、今でも楽屋内と舞台上では、柝がすべての合図を担います。
「開演30分前に一回」「15分前に二回」「5分前に一回」と楽屋内で柝が打たれる都度、役者達や裏方はそれらを耳で確かめ、準備を整えます。
いよいよ幕開けとなると、「刻み」と呼ばれる柝が舞台脇で打たれます。「ちょんちょんちょん」と小さく細かい柝の音は、幕が開いて行くにつれ音量とスピードを上げ、幕が開き切ると止まり、一呼吸置いた後に「ちょーん」と打たれ、お芝居が始まります。この最後の一拍は「止め柝」と呼ばれ、「幕は無事に開いたよ」との知らせとみなされます。
お芝居の進行中に稼働する廻り舞台やセリも、柝の合図で動き始め、「止め柝」で区切りがつけられる事が多々あります。
幕切れには文字通り「幕切れの柝」が打たれ、先ほどご説明の「刻み」と共に幕が閉じられます。柝を打つとの技は単純そのものですが、その単純さゆえ、大変に難しいものです。音量やリズムが不安定では、折角のお芝居が引き立ちません。
子役の経験が多かった僕は、裏方さんに遊んで頂く機会がありました。或る時、柝を見つけると、無性に触ってみたくなりました。許可を貰い、恐る恐る手にとった柝には、想像を越えた重みが感じられました。幼心にも、「上手く打つのには相当の熟練を要するのだろう」と気づかされたとの記憶があります。
柝は他にも様々な場面で活躍いたします。TVや劇場でご観劇の際は、是非柝の音に耳をそばだててみてください。